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高台寺塔頭「圓徳院」の岩と紅葉が織り成す庭園美

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「圓徳院」は、高台寺の塔頭寺院のひとつです。
豊臣秀吉の妻、北政所ねね終焉の地であり、伏見城の化粧御殿と庭園を移築した北書院北庭は、小堀遠州作の巨石を多く配置した枯山水庭園で、国の名勝にも指定されています。
長谷川等伯筆山水図襖絵(復元画)や白龍図など、多種の文化財を有し、春、秋にライトアップを行っており、幻想的な景観が広がります。
今回はそんな「圓徳院」におでかけしてきました!

北政所が余生を過ごした「圓徳院」

「圓徳院」は、北政所ねねが晩年の19年間を過ごした地に建ち、ねねが秀吉との思い出の多い伏見城の化粧御殿とその前庭を移築し、ここから秀吉の菩提寺として建立した高台寺に通っていたそうです。
多くの大名や禅僧、文化人がねねを慕って集まり、文化サロンのような一面も持っていたそうです。
常時、写経写仏を無料で体験でき、「秀吉好みの神仏の献茶点前(1,500円)」や「住職手作の楽茶碗での抹茶(500円)」も楽しめます。

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「圓徳院」の説明板がありました。
豊臣秀吉没後、その妻北政所ねねは、高台寺建立を発願し、慶長10(1605)年、秀吉との思い出深い伏見城の化粧御殿と前庭をこの地に移築して移り住み、77歳で没するまでの19年間、この地で余生を送り、その間北政所を慕い大名、禅僧、茶人、歌人、画家、陶芸家等が訪れ、この地はねねの終焉の地となったそうです。
圓徳院はねねの没後9年目(寛永9年)、甥の木下利房(足守藩主)が、高台寺の三江和尚を開基に、木下家の菩提寺として開いた寺で、方丈は創建時のもので、内部の襖には、長谷川等伯の三十二面の水墨画が描かれ、国の重要文化財に指定されているそうです。
化粧御殿跡前庭は、伏見城より移した庭石や枯滝の石組が配された豪華なもので、桃山時代の枯山水庭園の様式を今に伝え、国の名勝に指定されており、また、境内に奉祀されている三面大黒天像は、豊臣秀吉の守り本尊であり、今日でも多くの信仰を集めているそうです。

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長屋門をくぐって中に入ると、紅く色づいたもみじがライトアップされています。

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曲線の唐破風がある立派な「唐門」をくぐります。

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手水鉢がありました。

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「秀吉公好み手水鉢」と書かれています。
秀吉が西尾家に世話になったお礼として送った手水鉢だそうです。
西尾家は今川義元の親戚にあたり、後に西尾家から圓徳院に寄贈されたそうです。

方丈の前に広がる「南庭」のライトアップされた紅葉

圓徳院の唐門をくぐると、方丈の南西に位置する「南庭(なんてい)」と呼ばれる庭園が見えてきます。
「南庭」は、1994年に北山安夫によって作庭された枯山水庭園です。

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ライトアップされた参道を進んでいきます。

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方丈の前に広がるライトアップされた枯山水庭園「南庭」がありました。

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真っ赤に色づいたもみじがライトアップされて、白砂の枯山水の上に浮かび上がっています。

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方丈の中に豪華な金の襖絵がありました。

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山に雲がかかり、月がススキや花を照らしています。

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秀吉公好みの金箔襖「雪月花」襖絵だそうです。
志村正作で、赤松画伯の遺作となった襖絵「白龍」を引き継いで制作された、上間の間の襖絵で、「雪月花」をテーマにしているそうです。

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外にある「ねねの小径」の説明が書いてありました。
石塀小路につながる圓徳院内の小道で、低い位置の枝を取り除くことで、日光や月明かりが枝葉を通り、路地を彩るそうです。

書院から眺める「北庭」の枯山水庭園とライトアップされた紅葉

「北庭(ほくてい)」は、江戸時代の1605年に、伏見城の化粧御殿前の庭園を移築したもので、元々は池泉回遊式庭園だったそうですが、現在では池が無くなり、枯山水庭園になっています。
豪快な石組や築山の滝石組が桃山期の庭園様式を伝える小堀遠州による作庭で、国の名勝にも指定されています。

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渡り廊下を歩いて「北書院」の方へ向かいます。

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「北書院」の入り口に「宗旦狐」の置物が飾られていました。
江戸時代御所周辺に出没した古狐で、茶の湯の宗匠に化けて茶会に出たり、僧侶に化けたりしたそうです。

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掛け軸が飾られており、その説明が書かれています。
北政所ねねは、夫・秀吉公とは当時珍しい恋愛結婚で結ばれ、生涯良きパートナーだったそうです。
秀吉公没後は大阪城を離れ、その弔いの為に高台寺を建てられ、石段下のこの場所で余生を過ごされ、親しみやすい人柄から、多くの公家衆・大名夫人・文化人が圓徳院を訪れ、享年77歳だそうです。
ねね掛軸と秀吉掛軸との比較として、秀吉公が主君であり、ねね様が臣下の礼をとっており、秀吉はあぐらをかき、ねね様は膝立ち(いつでも動ける姿勢)で、秀吉公の背景は華美ですが、ねね様の背景には何も描かれていないそうです。

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こちらがねねの掛軸です。
膝立ちで、背景は何も描かれていません。

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こちらが秀吉の掛軸です。
あぐらをかき、背景には美しい絵が描かれています。

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豊臣秀吉公お好みの神仏への献茶点前もあります。
豊臣秀吉は、戦国時代農家の出身から単身武士となり、織田信長公の下、みるみる出世を果たし、ついに信長公の没後、日本を平常した人物で、結婚は26歳の時、ねね様は14歳の時とされ、享年62歳だそうです。
秀吉の言葉がいくつか紹介されています。
・人の意見を聞いてから出る知恵は、本当の知恵ではない。
・金を貯めこむのは、良き士を牢に押し込むに等しい。
・人はただ、さし出づるこそ、よかりけり(戦いのときも先駆けをして「いつでも人より一歩先に出てすることが重要だ」という意味)
・障子を開けてみよ。
・武辺をば今日せず明日と思ひなば、人におくれて恥の鼻あき(「チャンスを逃せば、他の人に取られ、後で同じようにやっても恥の上塗りをしてしまうだけである」という意味)
・つゆとおち、つゆときえにし、わがみかな、なにわのことも、ゆめのまたゆめ(死を迎えるに当たって詠んだ句)

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「北書院」の中から「北庭」の庭園が見えました。
ライトアップされた紅いもみじがとても綺麗です。

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多くの人が北書院の縁側に座ってライトアップされた庭園を眺めています。

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石が美しく配置された枯山水庭園です。

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竹で区切られた丸い窓がありました。

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大きな石がたくさん配置され、紅葉とのコントラストが素晴らしいです。

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「北書院」を出ると、京・洛市「ねね」がありました。
圓徳院境内に立つ複合施設で、1階は和雑貨や陶器のショップをはじめ、14の店舗が軒を連ねる商業施設になっているそうです。

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「三面大黒天堂」がありました。
京都御苑から移築されたそうで、「三面大黒天」が祀られています。
「三面大黒天」とは、大黒天、毘沙門天、弁財天が三位一体となった神様で、豊臣秀吉が出世した際に信仰していた神様だそうです。

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「歌仙堂」がありました。
高台院の甥であり、和歌の天才と言われた木下勝俊(きのしたかつとし)が祀られているそうです。
この建物は、詩仙堂と画仙堂と共に、京都三仙堂の一つと数えられているそうです。

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「都路里」の提灯が灯っています。
「都路里」は、宇治抹茶を使ったパフェやあんみつ等を堪能できる、京風情を感じられる甘味処です。
「掌美術館」の案内もあります。
「掌美術館」では、高台寺と関連寺院に伝わる宝物を中心に展示されており、豊臣秀吉とその妻の北政所ねね(出家して高台院)ゆかりの品が見所で、桃山文化を伝えているそうです。

おわりに

「圓徳院」は、ねねが余生を過ごした穏やかな寺院でした。
立派な唐門や長屋門などが今も残り、ねねの実家である木下家の屋敷だった頃の様子を伝えており、境内は、ねねの人柄がにじむような優しい雰囲気に包まれていました。
美しい南庭が広がる方丈には、絢爛豪華な襖絵が納められ、方丈から廊下を渡ると北書院につながり、書院を囲むように作られた伏見城の化粧御殿の前庭を移した北庭には、巨石を多く配置した枯山水庭園と鮮やかな紅葉が広がっていました。
優しい空気で包まれた「圓徳院」の美しい北庭を、時間を忘れてゆったりと眺めてみてはいかがでしょうか。

information

圓徳院(高台寺塔頭)

住所
京都府京都市東山区高台寺下河原町530 (GoogleMap)
アクセス
京阪電鉄「祇園四条」駅より徒歩約10分
JR「京都」駅より市バスで「東山安井」下車、徒歩約5分
拝観時間
10:00〜17:00(17:30閉門)
拝観料金
大人:500円
中高生:200円
3ケ所(高台寺、掌美術館、圓徳院)共通割引拝観券:900円
ライトアップ期間
2018年10月19日(金)~12月9日(日)
ライトアップ時間
日没後点灯〜22:00(21:30受付終了)
公式HP
http://www.kodaiji.com/entoku-in/