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京都嵯峨野に佇む平安貴族も愛した紅葉の名所「常寂光寺」

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「常寂光寺」は、京都嵯峨野の小倉山の中腹にある京都有数の紅葉寺です。
その名の由来は、仏教用語の「常寂光土」にあり、天台宗で言われる四土(しど)で一番最高の世界という意味だそうです。
生い茂る木々から漏れ入る光が美しく、秋には京都随一の見事な紅葉が山門から茅葺きの仁王門や石段上の本堂、多宝塔へと続く参道を彩り、多宝塔の周辺からは、京都市内を一望できます。
今回はそんな「常寂光寺」におでかけしてきました!

鮮やかな紅葉が美しい「常寂光寺」

「常寂光寺」は、嵐山からほど近い奥嵯峨の小倉山の中腹にあります。
慶長元年(1596)、日蓮宗大本山本圀寺16世の日禎(にっしん)上人が隠棲した庵を寺に改めたもので、百人一首の選者藤原定家の時雨亭があった場所といわれています。
平安時代より嵯峨野の地は、皇族や貴族の離宮、山荘をかまえる景勝地として有名で、後嵯峨上皇が吉野の桜を嵐山に移植してより、嵐山は桜の名所、小倉山は紅葉と鹿の名所として親しまれてきたそうです。

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「常寂光寺」へと繋がる道に出ると、秋色に色づいた紅葉が見えてきました。
空には清々しい青空が広がっています。

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紅色に染まる素晴らしい紅葉です。

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道に覆いかぶさるような紅葉がトンネルのようになっています。

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「常寂光寺」の山門の前の黄色い紅葉も綺麗です。

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黄色とオレンジ色のグラデーションが美しいです。

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「常寂光寺」の境内に入る前に、素晴らしい紅葉でつい見入ってしまいます。

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「常寂光寺」の山門です。
太い角材を格子に組んで造られ、江戸後期に作り変えられたものだそうです。

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「小倉山常寂光寺」と刻まれた石碑と境内マップもあります。

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山門を振り返ると青空に映える素晴らしい紅葉が広がっています。

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山門をくぐって「常寂光寺」の境内に入ります。

仁王像が護る茅葺屋根の「仁王門」

「仁王門」は、本圀寺客殿の南門として貞和年間(1345-1349)に建立されたものを、元和2年(1616)に移築したもので、境内建築物の中で最も時代の古い建物だそうです。
仁王門像は、身の丈七尺で、平安時代に活躍した仏師・運慶の作と伝えられ、目と足腰の病にご利益があるとされ、近在の檀信徒がわらじを奉納して病気平癒を祈願されているそうです。

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参道を進むと「仁王門」がありました。
茅葺屋根の大きな門の周りを色づいたもみじが彩っています。

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緩やかな曲線を描く石段に「常夜燈」の石灯籠がありました。
火袋の部分が木製でかわいい灯籠です。

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仁王像が睨む「仁王門」をくぐります。

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散りもみじが紅い絨毯になっており、とても綺麗な景色が広がっています。

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右斜め前には緩やかな石段の「末吉坂」がまっすぐ延びています。

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「仁王門」の茅葺屋根が緑色に苔生しており、風情があります。

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「仁王門」から続く参道の石段を上ってきました。
急勾配の長めの石段を上ると、眺めの良い景色を見渡せます。

「本堂」周りを彩る美しい紅葉

「本堂」は、第二世通明院日韶上人(日野大納言輝資の息男)代に小早川秀秋の助力を得て、桃山城客殿を移築したものだそうです。
慶長年間に建立され、屋根は、本瓦葺きの二層屋根でしたが、昭和7年の大修理の時に改修され、現在は平瓦葺きの屋根となっているそうです。

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本堂の前を紅い紅葉が美しく彩っています。

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本堂の前に来ました。
伏見桃山城の客殿を移築したもので、江戸時代初期の創建だそうです。

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本堂の前に鐘楼がありました。
鐘楼は、寛永18年(1642)当山第四世、光照院日選上人の建立で、現在の梵鐘は、昭和48年に青木一郎博士の音響設計により、古律黄鐘調の新鐘として鋳造されたものだそうです。
正午と夕方五時に所定の数を突いているそうです。
落葉したイチョウの葉の黄色い絨毯も綺麗です。

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この辺りは眺望も良く、遠くの景色も見渡せます。

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北へ進むと「仁王門」へと続く緩やかな石段の「末吉坂」があります。

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紅色と黄色の紅葉の落ち葉が綺麗です。

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本堂の南には「妙見堂」があります。
「妙見堂」には、能勢妙見の分体という妙見菩薩が安置されており、慶長年間(1596-1610)、保津川洪水の際に上流から流れ着いた神像を祀り、享和年間(1801-1803)、22世・日報の時に常寂光寺境内に遷されたものだそうです。

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美しい紅葉の奥に「落葉ふんで 道新しく ひらけたり 義生」と刻まれた句碑があります。
高桑義生は、「鳴門秘帖」や「無法松の一生」などの映画の脚本家で、俳句誌「嵯峨野」を主宰された方だそうです。

竹林と紅葉のコラボレーション

「常寂光寺」の南に広がる、竹林の中の遊歩道を紅葉を愛でながら散策し、展望台を目指します。

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「嵯峨野展望」と書かれています。
ここからは見晴らしの良い景色が見渡せます。

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小倉山の山肌に紅い散りもみじが広がっています。

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妙見菩薩が安置されている「妙見堂」が見えます。

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黄色のもみじと竹林がありました。

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黄色に色づいた立派なもみじの木と緑色の竹林が風情のある景観です。

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地面には苔がむして、黄色のもみじの先の方が紅色に色づいて絵画のような美しさです。

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竹林の間を縫うように遊歩道を上っていきます。

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黄色とオレンジ色のグラデーションの紅葉に光が射し、とても綺麗です。

美しい姿の「多宝塔」と展望台からの素晴らしい眺望

境内の後方、やや小高い地点に建つ「多宝塔」は、元和6年(1620)の建立で、京都町衆によって寄進されたと伝えられているそうです。
前面に霊元天皇の勅額を揚げ、総高約12m、内部に釈迦、多宝二仏を安置し、並尊閣とも呼ばれ、内部は常時非公開で見ることはできないそうです。

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小高い場所に「多宝塔」がありました。
「多宝塔」は、初層は角柱、上層は円柱、斗拱(ときょう)は四手先とし、初層を裳階(もこし)に見立てているそうです。

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石段の先に「歌仙祠」が見えます。
「歌仙祠」には小倉山の山荘「時雨亭」で小倉百人一首を選んだとされる藤原定家、同時代の歌人・藤原家隆、徳川家康の木像が安置されているそうです。
定家は冷泉家、家隆は御子左家としてともに和歌の家として並び称されたそうです。
「歌仙祠」の南隣には「時雨亭跡」の石碑もありますが、その跡とされる史跡は二尊院と厭離庵にもあり、諸説あるそうです。

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美しい姿の「多宝塔」と松の木や紅葉の景観が素晴らしいです。

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「常寂光寺」で一番高い場所に位置する展望台まで上ってきました。
広く京都市内を一望できる気持ちのいい景色です。

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綺麗な紅葉を眺めながら、遊歩道を下っていきます。

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多宝塔の周辺からの景色も素晴らしいです。
紅葉に囲まれた多宝塔の向こうに、京都市内が見渡せます。

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「多宝塔」の案内板がありました。
江戸時代初期(1620年)建立で、重要文化財に指定されています。

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「仁王門」へと続く緩やかな石段の「末吉坂」まで戻ってきました。

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紅く染まる紅葉が「仁王門」を鮮やかに彩っています。

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「女の碑・下山路」と書かれた石段の小道を下りていきます。
「女の碑」には「女ひとり生きここに平和を希う」と書かれ、戦争を二度と繰り返さないという願いにより、独身婦人連盟の会員が中心になり、1979年に建立され、1990年に共同納骨堂の「志縁廟(しえんびょう)」が建立されたそうです。

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石段の小道を下りると開けた道の先に「仁王門」が見えました。
色づいた紅葉が空を覆い、とても綺麗です。

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「塵劫記の碑」がありました。
塵劫記(じんこうき)は、江戸時代前期の寛永4年(1627)に吉田光由によって記された算術書で、当時の日常生活に必要な算術全般を網羅した日本における算学の草分け的な書物だそうです。
吉田光由は、常寂光寺創建時に土地を寄進した京都嵯峨の角倉家の一員で、1977年(昭和52年)に、塵劫記刊行350年を記念して角倉家ゆかりの常寂光寺境内にこの顕彰碑が建立されたそうです。

おわりに

「常寂光寺」は、京都嵯峨野の小倉山の中腹に建つ山寺でした。
山門の前には紅葉が織りなす美しいグラデーション広がり、茅葺屋根の仁王門に続く参道や、高さ12mの多宝塔の周りを折り重なる紅葉が彩っていました。
緑色の苔や竹林と、赤や黄色に色づく紅葉や散り紅葉との対比も美しく、展望台からは京都を一望できる素晴らしい眺望を楽しむことができました。
また、鎌倉時代の歌人・藤原定家が「小倉百人一首」を編纂した小倉山荘「時雨亭」の跡地があったといわれており、百人一首ファンには聖地ともいえる場所でもあります。
小倉山に面した「常寂光寺」の斜面を上って、常寂光土に遊ぶような風雅な景色を楽しんでみてはいかがでしょうか。

information

小倉山 常寂光寺

住所
京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3 (GoogleMap)
アクセス
JR嵯峨野線「嵯峨嵐山」駅より徒歩約15分
京福電鉄嵐山線「嵐山」駅より徒歩約20分
拝観時間
9:00~17:00(16:30受付終了)
拝観料金
大人:500円
小人:200円
公式HP
https://www.jojakko-ji.or.jp/